朝日新聞で70年続く読者投稿欄「ひととき」。プロのライターではなく、一般の読者が、日々の生活で感じたことや心動かされたことをつづる欄です。中にはファンの間で語り継がれる素敵な投稿もあるのですが、いったいどんな方が書いているのでしょう。東京本社・文化くらし報道部の山崎聡記者とともに、その素顔に迫ります。朝日新聞ポッドキャストでお聞きください。
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《ひととき投稿 買う?買わない?》
若い頃は大好きだったデパート巡りも、90代になってからは、買う物や欲しい物もなくなり、とんとしなくなった。
ある日、よんどころない用事ができて、福岡・天神のデパートに1人で出かけた。久しぶりのデパートは華やかで、自分がお上りさんに思える。早々に用事を済ませ、せっかく来たのだから目の保養にと店内を回っていたら、すてきな洋服が目についた。しばらく眺めていると店員に「試着してご覧になりませんか」と言われ、こんなチャンスはめったにないと、試着室に入った。
着替えて姿見に映った私は、ドレスアップのせいか少々美人に見える。私の心がささやいた。「思い切って買いなさいよ。少々高価だけど、今日まで50年前のブラウスや、もらったセーターなどを着ていたんだもの、奮発したら」
もう1人の私が今度はささやく。「買っても着る晴れの場所があるの? 残念ながら彼岸が近いのよ。形見に残してもありがたがる子もいないし、宝の持ち腐れになるだけよ」。なるほどね。
結局どちらにしたのでしょう。ふふふふ、ご想像にお任せしましょう。
(福岡県筑紫野市 後藤俊子 無職 98歳)
本当はしゃべりも「母の方が上手」
Q:冒頭に朗読したのは、2015年1月に掲載された投稿です。当時98歳の後藤さんからのこの投稿が掲載されると、「すてきな文章」「かわいらしい」と多くの反響がありました。51歳の初投稿から半世紀のあいだ、みずみずしい文章を書き続ける秘訣(ひけつ)について、今回は、後藤さんの長男の妻・さち子さんにお話をお聞きします。
さち子さん、最近の俊子さんのご様子はいかがですか?
A:はい、このところ少し体調を崩していて、寝たり起きたりなんですけど、週に2回のデイサービスには、2階の部屋から自分の足で降りて、通っています。
Q:いま105歳。それはお元気でいらっしゃいますね。
A:本来は母のほうがしゃべるのも上手なんですが、なにせ耳が聞こえにくいから、今回は私の方でお話しさせていただくことにしました。
Q:ありがとうございます。さち子さんから見て、俊子さんはどんな方ですか?
A:なにしろ、好奇心が強い人です。何にでも興味を持って挑戦していきます。投稿のほか、60歳で始めた大正琴は、だんだんと上達してその後講師になり、100歳まで教えていました。
Q:ひととき欄のほか、俳壇や歌壇などへの投稿もたくさんされています。
A:そうなんです。とにかく書くのが好きで、苦にならないんです。
Q:福岡のお生まれですが、結婚後、旧満州に渡ってらっしゃるんですよね。
A:そうです。結婚してまもなく満州にわたり、そのあと4、5年いて終戦前に引き揚げてきています。
それから、母が33歳のときに、夫を亡くしました。
Q:これまでの投稿でも、ずいぶんつらかったと書かれています。
A:大変だったと思います。女手一つで4人の子どもを育てたわけですから。我が家の主人が長男で、いま35年、一緒にいます。
Q:ご旅行や普段の生活で気づいたことなどをいつも投稿して下さっていたんですね。
A:旅行に行ったら必ず何か書いていますね。よく覚えていて。投稿して載らなかったのもあるんですが、必ず書いています。
掲載されるとあちこちから電話が
Q:掲載された投稿を一緒に見ることも?
A:はい、私が先に新聞を開きますから、「あっ、載ってる」と。主人と3人で見ます。載ったときは、あちこちから電話がかかってきます。母の知り合いのほか、私の知り合いも母のファンで、「載ってたねー」とメールをくれたりします。
Q:さち子さんご自身も俊子さんの文章はお好きですか?
A:上手だと思いますね。自分の親じゃないから、素直に褒められます(笑)。
Q:冒頭の投稿も「ふふふふ」という終わりが素敵です。反響も大きく「こんなかわいいおばあちゃんになりたい」と、SNSなどでも評判でした。
A:一緒に住んでいると、「かわいい」という感じではないんですが(笑)、文章にしてみると、若いですよね。嫁しゅうとめですけど、けんかしたこともなく、暮らしています。
Q:以前は、デパートにお買い…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル